No Russian の件

※しつこいようですがここのところの MW2 翻訳に関する記事は LYE の想像であり、具体的なソースなどはありません。LYE が実務中に体験したことから逆算して想像しているだけです。

昨日の記事へのはてブコメントより:

id:mohno :「多分どこで使われるかわからないまま翻訳された」<ゲームに限らず、これが厳しいことが多い。でも、コンテキストもわからず "No russian"→「殺せ、ロシア人だ」と訳すかな、という気はするけど。

こちらについて、より具体的に LYE の想像を書いてみます。

仮定 1: 翻訳者の作業環境は SW 翻訳支援ツールだった

  • 文書翻訳支援ツール (Translation Aid Tool; TAT) は、原文を軸にして訳文を管理するのに対し、SW 翻訳支援ツールは文字列 ID を軸にする
  • 具体的に言えば、「文書 TAT は原文が変わったら、その文字列を新規翻訳対象として見る」 VS 「SW TAT は ID が変わらず原文が変わった場合、マイナーチェンジが入ったことを示すフラグを立てて既存訳文を保持する」

仮定 2: 最初期ではスクリプトが「No Russian 以外の何か」、つまり「ロシア語について」ではなく「"殺し" に関連するセリフ (士気を高めるフレーズ、理由の正当化など)」だった

仮定 3: 最初期バージョンの字幕翻訳が終了した時点では文意通りの訳になっていた
仮定 4: アップデートがかかり、原文が「Remember, no Russian」に変更になった
仮定 5: SW TAT 上でアップデートのフラグが表示されるので、旧版の訳を見ながらアップデートされた原文を訳し直した
仮定 6: 旧版の訳のニュアンスを取り入れて No Russian を翻訳し (殺せ、ロシア人だ)、それがそのまま製品に入った

補足:

  • アップデートされた文字列の翻訳は突発的に発生する作業である事が多い
  • 加えて翻訳の遅れが後工程のスケジュールに響くので迅速な対応を求められる
  • SW TAT でフィルタ機能を使いアップデートされた文字列だけを表示していたら前後の文脈は表示されない (翻訳者のツール習熟度の問題ですが)
  • このレベルの不明点は基本的にゲームのストーリーを把握している担当者や開発者に意図を問い合せるべきだがコミュニケーションがうまく行っていなかった可能性がある

こんなことが起きていたんじゃないかなと想像します。





製品版を遊んでいて誤訳を見つけるとなんでこんなことが分からないんだと思うのですが、絵も説明も筋も頼れるガイドもいない状態で翻訳していたら間違いがない方がおかしいです。
ゲームの言語的テスト環境を翻訳会社が持つのは難しいし、そもそも発売前のゲームならば色々と守秘義務もあると思います。でも言語的テストは必須です。訳文が本当にゲームに溶け込んでいくのはここだからです。翻訳と校正さえしっかりしていれば大丈夫なはず、それができないのは翻訳者の怠慢だ、というのはある程度までは真実ですが、それがすべてではありません。本当にスマートな人たちが血と汗を注いで作ったインタラクティブアート作品を、インタラクティブじゃない環境で100%の仕上がりにできるはずがありませんから。

バグトラッキングシステム (BTS) のアクセス権を外部の人間に付与できないとか、BTS の使用法トレーニングなんかやってらんないとか、時間と人的リソースの不足とか、そりゃあもう問題はアホほどあると思います。でも言語的テスティングの優先順位は予算をケチられるほど低くないはずです。

プロジェクトのお財布を握る方へ: 本当にお願いします。実機で言語的テストしないならローカライズなんかしないでください。それはウンコちゃんしか生み出しません。言語的テスティングの時間も予算も割けないならばそれは採算が取れないプロジェクトなので始めない方が良いと LYE は強く思います。