ゲーム翻訳プロジェクトのリスク特定は大事

一昨日のエントリのはてブコメントを見ていたところ、「MW2 の件はスクエニの怠慢」という意見がいくつか見られましたので、またしても LYE の妄想で恐縮ですが、そうではない可能性についても述べておくべきかなと思い補足的な内容を書きます。もちろんそれでも「だからといってあれは許せない」という意見は当然あると思いますし、そう思うことはユーザーやファンとして当然の権利だとも思います。
しかし、新しいこと (スクエニ x 世界最大級タイトル x FPS) に挑戦した人たちに対して、「許さな」くても「理解を示す」こと、そしてある種の寛容さを示すことは結果的に、ゲーム業界とユーザーの関係にとって「良いこと」なのではないか、と LYE は直感的に思っているわけであります。
もうディスクがプレスされてしまった以上、MW2 についてできることはかなり限定されます。
この短い自分の妄想エントリが、スクエニが次のローカライズプロジェクトを成功させることを望む雰囲気をユーザ単位で築いていくこと、そして MW2 のローカリ担当者が持てる力を振り絞って一生懸命仕事した可能性を留保することの一助になればマジこれに勝る喜びは Freaking ありません。

プロジュエクトマネジメントにおける「プロジェクト」の定義

プロジェクトマネージメントの入門書の前書きなどにはよく書いてありますが、プロジェクトとは定型業務ではありません。

  • 開始日と終了日が明確に決まっている
  • 独自の製品、サービス、所産を創造するために実施される

業務です。つまり「プロジェクトを立ち上げる」ということは「部分的であれ、何か新しいまたは不確定要素を含む」わけです。

新しい/不確定要素

喩えとして、あるゲームのローカリゼーション業務における「新しい/不確定要素」を挙げてみましょう

  • 初めて取引する企業
    • 新しい開発会社
    • 新しい翻訳ベンダー
  • 初めて使うテクノロジー
    • 例: 翻訳支援ソフトウェア
    • 例: プロジェクト管理手法&システム
    • 例: 翻訳対象ファイル/文字列書式
  • 経験の無いタスク
    • 短期間で大量の吹き替え
    • Non-Scripted な音声翻訳

ゲームのローカリゼーションにおけるリスク予測能力はどういったものか

上述の要素など、社会人であればそんなもん当たり前だろう、と思う方が多いと思います。
でも

  • 開発段階でプロジェクト開始するため資料が不足する
    • 途中でストーリーも変わるかもしれない
  • 日本語と英語の相違点
    • 翻訳対象文字列をすべて細かく見なければ「作業負荷」が測れない
  • ダブルバイト文字セットへの対応
    • FIGS (仏伊独西語)では問題なくても日本語ではバグが見つかるかもしれない
  • ゴア表現 x CERO の対応
    • 社内だけではどうにもできない
  • 翻訳対象ファイル/書式と使用ツールのサポート体制
    • 対象ファイル形式が新しい場合は翻訳前エンジニアリング手順をあらかじめ確立する必要がある
    • 文字列の抽出漏れはないか? どうやってチェックする? (そもそも全体の構造を把握できているのか?)
    • 翻訳者/会社への特別な指示は必要か?
  • 翻訳品質水準の管理
    • 何を以て合格とし、それは誰がいつどのように判定する?
      • 過去タイトルの基準はゲームジャンルが違えば意味をなさない
    • どの程度の人的リソースをどの会社がいつ、どれだけの期間、何回実施する?
    • 不合格の場合のスケジュール調整と作業フローは?
  • 開発会社と毎回上記要素についてつめていくが、タイトルによって、開発チームによって毎回異なる
  • 多言語同時展開なので開発会社側の対応も Responsive でない可能性も

こんだけ不確定要素があると、最初に実施したのリスク分析と実際の業務内容/作業負荷が乖離してしまいます。
そして一番デカいのは、「作っているもののコア (ゲームの原語オリジナル) が外で開発されているもの」であり、「開発会社にしか分からないこと、開発会社にすら分からないこと」が沢山あるということです。

つまり「自分の勉強不足」ではない理由で、プロジェクトが失敗する可能性があるのです。
回避策として浮かびそうな「スケジュール上バッファを持つ」、「柔軟性に富んだ企業カルチャーを持つ」、「コミュニケーションが円滑に行われる環境を整える」、などは、やりたくても一朝一夕ではできないことですし。

また、こういったリスクを潰すために時間や予算を要求したとしても、はっきりとした根拠もないのに予算を割いてくれる会社はないです。あるとすれば、コンソールを売っている会社の 1st PT タイトル、つまり GoW 2 や LBP です。こういったタイトルはビジネスとして黒字を出すこと以外にも「日本における対象コンソールの普及」という目標があります。それをスクエアエニックス社や Capcom 社、Spike 社に望むのは無理です。MS と SONY の 2 社は、ローカライズという一点においてはいわば伝道師的役割を担っているのであり、ビジネスパーソンではないのですから。

「変な翻訳 = コストケチった」は必ずしも正しくない

この通り、血を吐く覚悟で「良いものを世に送り出す」ことを望み、実務に臨んだところで「クソローカライズ」になる可能性というのはゼロにはなりません。
私自身の感想としては、「できることはすべてやったが、当初の予測は大外れして実際の業務は炎上しまくり、またノウハウと経験も足りなかった、プロジェクトの最終段階で火消しに追われている間にディスクをプレスし始めなればいけない日が来てしまった」のが今回のケースなんじゃないかなと思います。

日本人は失敗に厳しいという話をよく聞きます。だから「リスクはあるけどとりあえずやってみる」じゃなくて「失敗しない方を選ぶ」んだと。スクエニ社にとって今回の MW2 がリスクを取ったかどうかは別としても、同社は少なくとも企業として行動を起こしてくれました。私個人としては、ポストモーテムをガチでやり、その教訓を次回プロジェクト開始前のリスク分析とプロジェクト運用に活かして引き続きがんばって欲しいと思います。





最後に付け加えておきますと、プロの翻訳者がちゃんとした資料を見ながらまともな環境で翻訳したら、ポロポロ誤訳が見つかるなんてことはありえません。それが起こるのは、資料が不足しているか、新しい作業環境(新しいツール)の習熟度が足りないか、バージョン管理の不備が原因です。