ゲーム内音声翻訳の難しさについて

※2009/12/06追記: 表のカラムが正誤入れ替わっていたので修正しました、失礼しました

Call of Duty Modern Warfare 2 の吹き替え翻訳の品質についてネット上で色々と言われているようでしたので、擁護でもないですが、私がこれまでの英日ゲーム翻訳の現場で直面した問題をいくつか挙げて、何が起きたのか推測してみます。

注意: LYE が実際に体験したことがある事項もありますが、下記は基本的に LYE の妄想です

まずは基本的なもの

Scripted (プリレンダードムービーのようにセリフの順序まで台本がある) なセリフとゲーム内のContextに応じて再生されるセリフ ("Incoming!" や "Cover me!" など ) では翻訳に求められる手法やノウハウが全然違う

  • Scripted
    • 全体の構成と状況が翻訳段階でハッキリしている
    • 台本アリ
  • Non-Scripted
    • 文字列に割り振られた ID や Friendly Name *1のようなヒント的文字列だけが手がかり
    • 台本なし

つまり、Non-Scrpited な台詞については翻訳対象文字列を見ても:

    • 誰が話すのか(音声がない場合は男女どちらかも年齢も分からない場合すらある)
    • いつ使われるのか
    • 前後にどんなセリフが来るか
    • 複数の状況で使われるのか *2

すら分からないことがある。ただし、あり得るだけで実際には音声を聞けば分かることもあり、また詳細な資料が提供されていることもある

一方で準備が整っていない場合、翻訳は「中の見えない箱から1つ取り出してきた文字列を文脈なしで対応する」作業になる

翻訳会社

どんな会社に依頼したのか分かりませんが、発注先としては 3 つのカテゴリがあると思います

  • ソフトウェア翻訳のノウハウがある IT 系翻訳会社
    • コストが安い
    • 翻訳支援テクノロジーやコンピュータソフトウェア翻訳の知識とノウハウが豊富
    • エンタメも同時に手がけているところは少なく、直訳調になりがち
    • 短期間大量翻訳に慣れている = 全体を複数に分割して作業する会社が多い
      • つまり、用語や表現の統一、翻訳者に支給する資料の作成手法についてのノウハウがある
  • 映像系エンタメコンテンツの翻訳ノウハウがある映像系翻訳会社
    • セリフの翻訳品質については業界トップクラス
    • 翻訳支援テクノロジーやコンピュータソフトウェア翻訳の知識とノウハウが豊富なところはまだ少ない
    • IT 会社と比べれば比較的コストがかかる
    • 基本的にひとつの作品を分割することは... 少ないと思います *3
  • ゲームに特化したゲーム翻訳会社

単純に少ないです。私は数社しか知りません。過去の実績についてもあまり知りません

近年の英語圏ゲーム、特に FPS/TPS およびオープンワールド系ゲームの特徴

  • Non-Scripted なセリフの量がどんどん増えている
    • いわばダイアログがプロシージャルに生成されるため、その素材としてセリフのバリエーションが用意されている
  • まだまだ「英語以外の言語に翻訳される」ことを意識して開発されていない
    • 上述の ID や Friendly Name が適当だったり単なる数字だったりなかったり
    • これは会社によると思います。MW2 の場合 Infinity Ward のクールな人たちのことなのでこれはないでしょう、と LYE は想像します

スケジュール

  • 全世界で発売のタイムラグを減らす、または同時発売を目指す必要があるため、開発中の段階で翻訳が開始されるのが普通
  • そのため、資料が十分にそろっていない状況で翻訳が開始されることが多い
  • 音声については上述の通り「素材」であるし、翻訳→校正→録音→音声QA&実機テストが必要なためかなり厳しいスケジュールになる

LYEの予想する原因のまとめ

  • スケジュールがきつかった
  • 翻訳品質管理の作業負荷予測が甘かった
    • クライアント (ここではスクエニ) 側で割り当てられた人的リソースが足りなかったかいなかった (丸投げ)
  • 翻訳会社がゲーム翻訳独特の慣習に不慣れ
    • 文脈がない! これどこで使われるの! 実機で映像を見せて!と質問→開発中です、まだありません→そのまま録音
  • 呪文のような ID を見て状況や用途を想像するという「色のない世界で翻訳する」作業に不慣れなために、単純な誤訳を見逃してしまった
  • 開発会社←→(北米パブリッシャ)←→日本パブリッシャ←→ローカリ会社 で伝言ゲームやコミュニケーション不全が起きた


たぶん上のいくつかは発生したんじゃないかなと思います

ご参考までに誤訳引用

『コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア2』日本語版は評判が悪いらしい - オレ的ゲーム速報@刃

正しい意味 誤訳
踏ん張れ つかまれ!
いいか?ロシア語は使うなよ 殺せ、ロシア人だ
着弾まであと10秒! じゅうううびょおおう!
気を抜くなよ…ここは荒くれ者の巣窟だ 気をつけろ、ここは荒野のウエスタンだ。
あのミグが爆発したら、一気に走るぞ あのミグの所に行け!援護する
吹雪いてきたな… 嵐が来るぞ
心拍センサー 心音センサー
いい観光だっただろ? 観光気分か?

こうして見てみると何となく何故この誤訳が起きたのかが分かる気がしません?


信頼のおける映像関係の翻訳会社に頼めばそれで OK じゃないのが最近の洋ゲ音声吹き替えなんですよね。IT 系翻訳と映像系翻訳のハイブリッドが求められる。録り直しはコストの倍増を意味するし。
ゲーム翻訳の品質を真剣に考えるのであれば、このあたりのノウハウを企業間、個人翻訳者間で共有していかないといけないとおもうんですけどね。僕は何をすべきだろうか。
あと IT スキルを持ったエンターテイメント翻訳のできるゲーム好きの翻訳者が少ないです。時々モンスター級にすごい人はいるのですがいかんせん絶対数が足りないと思います。

英日ゲーム翻訳のことで自分が力になれるなら何かしたいのだけど... 何かアイデアをお持ちの方がいらっしゃいましたらぜひご連絡ください。

*1:ID 以外の、一意に割り当てられた意味のある文字列、たとえば Cover me! ならcombatsoldiervoicecoverme

*2:"Hello" が"こんにちは" 、"もしもし" "誰かいないか?"のいずれかも分からない

*3:門外漢ですので業界誌情報、ただアメリカ発ドラマの翻訳クレジットは通常一人です